一般社団法人モノジェニックの会

単一遺伝子による糖尿病(MODY,ミトコンドリア糖尿病,インスリン受容体異常症A型,Wolfram症候群など)の患者さん,そのご家族の方のための友の会です。

「モノジェニックの会」指導医からのご挨拶

このサイトをご覧いただいている方へ

みなさん。はじめまして。

「モノジェニックの会」指導医を務めております東京女子医大の岩﨑直子です。このサイトをご覧いただいて有難うございます。

 

糖尿病はありふれた疾患で、現在日本には糖尿病ならびに糖尿病が疑われる者を合わせると2000万人程度になります。

「糖尿病」は一般に全体の90%を占める2型糖尿病のことと理解されており、「糖尿病=2型糖尿病」という構図があります。

しかし、少し糖尿病について知識のある方は1型糖尿病もあるということをご存じです。両者は成因が異なり、臨床症状や食事を含む治療・管理方法は別に考える必要があります。しかし、それ以外にも別のタイプの糖尿病があります。

 

私が東京女子医科大学を卒業し、平田幸正教授の主宰される第3内科学に入局した頃、糖尿病の成因分類は1型糖尿病(当時はインスリン依存型糖尿病とされていました)、2型糖尿病(同様にインスリン非依存型糖尿病)、その他の糖尿病(そのほかの疾患に伴って二次的に発症する糖尿病のことで、膵摘出後の方やステロイド糖尿病などが代表的)となっていました。

しかし、当時は1型糖尿病2型糖尿病の鑑別に役立つ検査(臨床マーカー)はあまり無く、病型の判断に悩むことがしばしばありました。ちなみにHbA1cが保険収載になったのはこのころで、GAD 抗体はまだ発見されていませんでした。

 

ある日、若い糖尿病患者さんの回診中に平田教授から「この患者さんの糖尿病は遺伝しているね、これについて調べてみなさい」、と学位論文のテーマを頂きました。

 

目の前の患者さんはMODY(maturity onset diabetes of the young)でした。

 

MODYは若年(25歳未満)で肥満を伴わずに糖尿病を発症するためしばしば1型糖尿病と診断され、インスリン治療が開始されることがあります。

また、今では考えられませんが、肥満の無い1型糖尿病の患者さんにも食事制限が指示されました。

平田教授は若年発症糖尿病の存在に気づいておられましたが、この頃は日本では全く問題にされておらず、権威のある先生の教科書に「日本にMODYは無い」と書かれていたほどです。

「戦時中のものが食べられなかった時代にも、代々若くして糖尿病になっておった」という言葉が頭の中に残っています。

糖尿病の成因は解りにくいと感じていたのですが、シンプルに遺伝する糖尿病の存在を知ってとてもわくわくしました。

 

留学生活とその後

次の主任教授に就任された大森安恵先生に、米国シカゴ大学 Howard Hughes Medical Institutes の Graeme Bell博士のラボへの留学の機会を頂きました。1990年のことです。

Bell博士は世界で先駆けてMODYの原因遺伝子が染色体20番上にあることを発表された研究者で、常々 ”Sience is my life!” と話されており、NatureやNature Genetics、Diabetesといった一流の科学術雑誌に、分子生物学関連の論文を次々発表されていました。インスリン遺伝子やグルカゴン遺伝子をクローニングされたのもBell博士です。世界中から研究者が集まり、ラボ全体が活気付いていました。

 

このように世界をリードするMODY研究のメッカで研究する機会を頂き、非常にエキサイティングな毎日を過ごしました。実際の指導はKun-San Xang博士(のちに帰国され、中国の糖尿病遺伝研究の大御所として活躍)がして下さり、漢字でもコミュニケ―ションができて便利でした。ここで、遺伝子解析の手ほどきを受け、今後の研究の見通しを立てることができました。そして、引き続き共同研究を行うことになりました。

 

そのような中、学位論文で報告した東京女子医大糖尿病センターの家系において次々とMODYの原因遺伝子が同定され、そのうちの一例は世界で1例目のMODY5としてNature Geneticsに掲載されました。

当時、MODYはまだ「2型糖尿病の中の特殊型」とされていました。発端者の兄は14歳で糖尿病を発症して3日後にケトアシドーシスで亡くなったため、1型糖尿病との鑑別に迷いました。発端者は10代で発症してインスリン治療を受けていました。しかし、ここでこの家系をMODYパネルに入れておかないと、MODYの可能性が永遠に否定されてしまうと考え、解析対象に加えたのでした。

この家系は糖尿病だけでなく腎障害も顕著でした。

MODY5の原因遺伝子であるHNF-1β(hepatocye nuclear factor 1b)/HNF1Bは転写因子に属しており、膵β細胞だけでなく、泌尿生殖器の分化発生にも重要な役割を担っています。このため、MODY5遺伝子に変化のある方では腎臓の形に生まれつき変化を持っていることがあります(腎嚢胞、水腎症馬蹄腎、腎萎縮など)。また、女性では子宮の形に変化を持つ方がいることも知られています(双角子宮)。さらに、膵臓の形の変化もしばしば認められています(膵臓の体尾部欠損など)。

このように転写因子をコードする遺伝子の作用には多様性があります。

 

MODYという疾患概念の確立

先ほどの症例は、1種類の原因遺伝子の機能不全によって膵臓のβ細胞機能が低下してインスリン分泌が不十分となり、生活習慣の乱れもないのに一定の年齢で糖尿病を発症したわけです。1型糖尿病でも2型糖尿病も無かった訳ですから、このどちらかの鑑別に苦慮したのは当然ともいえます。

どちらでもなく、実は全く別のタイプの糖尿病であったこと、そしてその原因となる遺伝子の変化が解って非常にすっきりしました。

当時、世界中でMODYに関する研究成果が次々に発表され、MODYが独立した病気の概念として認められることになりました。これらの成果に基づいて、糖尿病の成因分類が改訂され、「遺伝子異常による糖尿病」が加えられて現在に至っています。

 

2型糖尿病の遺伝素因研究

2000年、文部科学省によるミレニアムプロジェクトが開始され、糖尿病学会の著名な先生方と一緒に2型糖尿病の遺伝素因の研究に加わることができました。

糖尿病センターの患者さんにご協力頂いて2型糖尿病感受性遺伝子座位を報告することができました。その後、その研究を発展させて感受性遺伝子としてKCNJ15の同定に成功しました。この遺伝子をsiRNAで抑制すると、遺伝的に糖尿病を発症するAkitaマウスでインスリン分泌が促進され、その結果血糖が改善することも示すことができました。

現在の取り組み

遺伝子を個別に調べるサンガーシーケンスでは限界があり、多くの遺伝子を一度に調べることができる次世代シーケンサーでの解析が必要となります。

運よく宮崎学長の時代に、本学の研究施設であったIREIIMSに次世代シーケンサーが入りました。その後数年前に、三谷昌平教授の運営される同じく研究施設であるTIIMS*にIon Torrentが入り、複数のMODY遺伝子を一括して解析することが可能となりました。

*TIIMS: Tokyo Women's Medical University Insitutes for Integrated Medical Scieneces

 

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ゲノム構造異常によるMODY遺伝子解析については、遺伝子医療センターの山本俊至教授の支援によりmicro array解析は可能となるなど、学内の多くの研究者との共同体制によってトランスレーショナルリサーチを続けています。

現在は、これまで集めてきた200余のサンプルのうち未診断例のMODYの解明を目指しています。科学研究費をはじめとする競争資金を得て全エクソームシーケンスを行い、TIIMSの赤川浩之准教授、MODYの研究を志して大学院生として来てくれた田中慧先生と共に取り組んでします。

 

研究成果の臨床現場への還元

MODYの遺伝学的検査によってインスリンから経口薬へのスイッチや、インスリンあるいは経口薬中止の判断が成因論的に確立しますが、この様な遺伝子診断に基づく「個別化医療」の存在はあまり知られていません。

遺伝子医療センター・ゲノム診療科齋藤加代子所長にお世話になり、日本人類遺伝学会においてこの方面の啓発活動や臨床遺伝学に関する教科書執筆の機会を得ることができました。

2018年には日本糖尿病学会において「単一遺伝子異常による糖尿病の調査研究委員会」を提案し、活動が軌道に乗っています。また、2021年には遺伝カウンセリングロールプレイにMODYを取り上げて頂き、遺伝の専門家を目指す先生方にMODY のついて知って頂く努力を続けています。

平成28年度(2016年)改訂の医学モデルコアカリキュラムで学修した医師は、2022年春から医療現場で活躍し始めます。今後、遺伝学的検査や遺伝子診断に伴う個別化医療は、癌をはじめすべての診療科においてスタンダードになると思われます。

 

最後に

MODYや新生児糖尿病であることが確認できて個別化医療の適応であることが判明し、実際に治療を切り替えた後、生活の質が向上した方を拝見していますが、まだまだ、一部の方に限られています。

MODYを含む一種類の遺伝子によって発症する糖尿病の正しい診断と適切な治療の提供体制は残念ながら日本ではまだ確立できていません。

MODYの中でも頻度の高いMODY1, 2, 3, 5の遺伝子診断の保険収載が認められ、必要な患者さんに個別化医療が適切に実践できるようになることが私の願いです。

患者会を通して情報を共有していくことができれば幸いです。

これからもどうぞ宜しくお願いいたします。

 

 

東京女子医科大学

附属成人医学センター所長・教授
統合医科学研究所 副所長

附属遺伝子医療センター、糖尿病・代謝内科兼任教授

岩 﨑 直 子

 

日本内科学会 総合内科専門医

日本糖尿病学会 糖尿病専門医・指導医

日本人類遺伝学会 臨床遺伝専門医・指導医

米国内科学会 Fellow of American College of Physician (FACP)